テレビを眺めていたら、ローラが下町の商店街をぶらぶらしていた。
「タレントが一人で街を歩いたらどうなるか?」という企画だったらしいのだが、ローラは番組の趣旨なんか無視して、自分から町の人にどんどん話しかけてしまう。
「おばちゃんさっきみかん食べたでしょー歯にくっついてるよー」
いつものように舌足らずな口調で失礼なことを言いはなつ彼女に、おばちゃんたちは満面の笑みを返す。
彼女のように生きられたらなあ、などと思うことがある。いつも朗らかに笑っていて、好きなことを口ばしりながらも他人を笑顔にして、悩んで下を向くこともなく生きられたら、どんなに素敵なことか。
しばらくおばちゃんたちとのやりとりを見ていれば、彼女がとても頭のいいお嬢さんだということがすぐにわかるのだが、それをふまえてもその天真爛漫な笑顔は僕のような中年にはひどくまぶしい。
最近、同じようにまぶしい笑顔をテレビで見かけた。元プロテニスプレーヤーの杉山愛だ。全米オープンで日本人初の準優勝を遂げた錦織圭の特番に出ていた彼女は、暑苦しい松岡修造の隣で終始ニコニコしていた。
僕はかつての日本人の多くがそうであったように伊達公子のファンだったので、杉山愛にあまりいい印象は持っていなかった。「公子スマイル」と呼ばれた魅力的な笑顔が印象的だった伊達に比べて、杉山愛はいつも歯を食いしばって苦しい顔をしていて、それなのに永遠の二番手選手。そんな辛らつなイメージさえあった。
けれど最近の彼女はいつもニコニコしている。そういえばいつの頃からだろうか、現役時代もダブルスでグランドスラムを制するようになった頃には、太陽のような笑顔がまぶしい女性に変貌していた気がする。
インタビューによると、彼女は伊達が引退してから大スランプに陥ったのを機に、それまでの考え方を改めたのだという。
それまでの私は結果重視で、結果が出ないと嘆き悲しんで空回りしている部分もあったんです。私が100%実力を出しても、相手が私の100%を上回ると結果は出ません。実力を出せた充実感なんて何の慰めにもならなくて、「勝ちたい」 と思って届かなかった歯がゆさだけを感じていました。 引用元: 元プロテニスプレイヤー杉山愛|スペシャルインタビュー|仕事を楽しむためのWebマガジン、B-plus(ビープラス)
負けず嫌い故に結果だけにこだわっていた彼女だが、母をコーチに迎えてから、楽しんだほうが結果が出る、という境地に達したという。
私が好きな言葉に 「遊戯三昧」 という言葉があります。どんなことでも楽しむ気持ちを持つことが大事であるという、仏教の言葉ですね。好きなことの中にだって、楽しいこともあれば辛いこともある。辛いほうを避けて楽しいほうばかりに行くのはとても楽ですよね。だけど、「好きなことは丸ごと楽しもう!」 と視点を変えると、辛くて苦しいことが紛れ込んでも、「こうしたらもっと楽しめるんじゃないか?」 と発想の転換ができるようになるんです。 引用元: 元プロテニスプレイヤー杉山愛|スペシャルインタビュー|仕事を楽しむためのWebマガジン、B-plus(ビープラス).
僕は今、好きなことを仕事にしようとしている。毎日好きなことをやってるんだから基本的には楽しいけれど、辛いことだってある。自分がやっていることを信じられないこともあるし、結果がついてこないと憂鬱になるし、将来を思うと不安に押しつぶされそうになる。
でも杉山愛が言うように、そういうのも丸っとひっくるめて、辛くて苦しいことが紛れ込んでも、もっと楽しもうと思えればいい。不安や憂鬱のマントに包まれても、それすらも楽しんでやろうというもっと大きなマントで包みこんでしまえばいい。最近はそんなふうに発想の転換ができるようになってきた。いや、そうしようと努めている。
若く天真爛漫なローラのように奔放に生きることはもうできないかもしれないけど、杉山愛のように前を向くことなら、おっさんにだってできる。
毎日自分が信じたことを精いっぱいやっていても、心が雨漏りする日はある。枕元には憂鬱が忍び寄ってくる。そんなとき、僕は自分に言い聞かせるのだ。
「今日も杉山愛でいこう、もっと楽しもう、そして前へ進もう」
杉山愛さんが現役時代に遠征先にまで持っていって読んでいた本
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