信じてあげられなかった娘が、涙ながらにくれたもの。

僕は心のどこかで、子どもたちを信じきれていなかったのです。

中学生の長男は、学校から配布された大切なプリントがないのを先生のせいにするし、小学生の長女は、都合がわるくなるとすぐにお腹が痛いと言って学校を休みたがります。まだ保育園に通う次女ですら、パパやママに隠れてお菓子をつまみ食いするんですから。

僕らがかつてそうであったように、子どもたちは平気で嘘をつくものです。

映画や漫画に出てくるような熱血教師なら「親が子どもを信じないで、誰が信じてあげるんだ!」とかのたまうかもしれませんが、信じたくても信じられないことだってあるのです。

おとなしい長女がお金をせびってくる

過日、いつもはおとなしい小学生の長女が、今月分のおこづかいを早くほしいと言ってきました。

わが家の子どもたちのおこづかいは「お手伝い制」になっていて、皿洗いとか風呂掃除とかのお手伝いをするとポイントが溜まって、そのポイントを年齢ごとにお金に換算して、一ヶ月分をまとめてあげるシステムです。

そのときはもう寝る直前だったし、まだ先月分のポイントを計算していなかったので「明日ね」と言って寝てしまったのですが、翌朝にもまた長女が「早くおこづかいちょうだい」と言ってきます。

いつもはこちらから言わなければおこづかいのことなんて忘れてしまうほどのんびりした子なのに、朝から真剣な顔で詰めよってくるので、何かおかしいな、と僕は思いました。

忙しない朝で時間もないし、ちょっと気になったので「学校から帰ってきたらあげるよ」と言うと、長女は不服そうな、残念そうな、ちょっと憤りをたたえた瞳で家を出ていきました。

その後で、その話を家内にしていたら、僕はだんだん不安になってきました。

最近ちょっと長女のまわりで気になることがあったので、誰かにお金をせびられたりまきあげられたりしているんじゃないか、と。

よその家のおこづかい事情は知りませんが、わが家ではお手伝いをがんばったらがんばった分だけのお金をあげているので、駄菓子屋さんなど単価の低いところへ行けば、長女はわりとリッチにいろいろ買えているはずです。

そこに目をつけた近所の悪ガキが、おとなしい長女からお金を巻きあげて、いやしくももっとよこせと要求しているんじゃないか。あるいは長女のほうから、友だちにおごってあげるなどと言ってしまって、引くに引けなくなってしまってるんじゃないか。

今冷静に考えると自分でも笑ってしまうのですが、そのときはそんな風に真剣に悩んでしまっていたのです。

涙をこらえながら長女がくれたもの

その晩、僕ら夫婦は微笑ましい感動とともに自分たちを恥じることになります。

その日は家内の誕生日で、ささやかなパーティを開いていたのですが、いつものように子どもたちが手作りのプレゼントを渡した後、長女が「これもあげる」と言って、背中に隠していたものを差し出しました。

IMG 7123

それは小さな花束でした。黄色く眩しい大輪の花。僕ら夫婦は感動しながら長女を抱きしめて、ありがとうありがとうと繰りかえしました。

けれどよく見るとその花は菊。いわゆる仏花です。お祝い事に贈る花ではありません。

それを教えてあげようと思ったのですが、長女が笑いながらも両の瞳に涙をたたえていたので、言うのをやめました。どうしたのかと問うと

「お金が足りなくて、これだけしか買えなかったの」

すぐに涙がこぼれてしまいがちな長女は、ぐっと歯を食いしばって泣くのをこらえながらそう言いました。無理やり口角を上げて、必死に笑みを作って。

きっとお花屋さんには、もっと色とりどりの綺麗なお花があったのでしょう。ママがお花を好きなのを知っているから、とびっきり綺麗なお花をプレゼントしてあげたかったのでしょう。そういえば先月はいつもよりもたくさん、自らすすんでお手伝いをしていたのは、このお花のためだったのでしょう。

「ごめんね。パパが疑ってわるかったよ。パパが今朝おこづかいをあげていれば、もっと綺麗なお花を買うことができたのにね」

そう言ってあげたかったのですが、それを口にしてはいけないような気もして、代わりにまた何度も長女を抱きしめました。

簡単に「子どもを信じてあげよう」なんて言うつもりはありません。今回は疑ってしまったら間違いでしたが、信じてみたら裏切られることだってあるでしょう。今までもそうだったし、かつての僕らだってそうだったのですから。

けれどこれからは、子どもたちを信じた挙げ句に裏切られても、そっと笑顔で許してあげられるような気がします。

嘘をついてどこかへ遊びにいってしまっても、娘たちに反抗期が来てひどい態度をとられても、親をないがしろにして家に寄りつかなくなっても、しょうがねえな、と苦笑して許してあげられると思うんです。

僕もそうやって、親に許されながら大人になったのですから。

子は親に許されて、親は子どもに育てられる。

もちろんできれば、いつまでもパパの可愛い娘たちでいてほしいと思いますけどね(笑)。いつも親バカですいません。

関連

「カバンが重くなるからお弁当いらない」と言ってしまったことを私は死ぬまで忘れないだろう。
午後の書斎のヤマアラシのジレンマ
海辺のカラス男は「助けて」と言わない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です